
山手線の中で描いたのは初めてかも知れない。
いつもは京王線と東西線です。
髪を戻してみた。
うーん。
使い分けできるなら使い分けの方がいいかなあ。
眼のバランスが、気を抜いたら戻りそうだ・・・。
折衷するのはいいのだが、完全に戻らない程度に注意しよう。
口の高さは変更後から変えるつもりはないのでロック。
さてさて。
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AzPainterというペイントソフトでトーン処理したモノ。
お絵かき掲示板とかで使える「トーン」がツールとして用意されている珍しいスタンドアロン方のペイントソフト。
なぜあのトーンツールを搭載したペイントソフトは少ないのだろう。
トーンのためだけにわざわざコミックスタジオなんて起動したくない。
フリーのソフトで、これだけ出来れば、ぶっちゃけ十分である。
とある人二名と会って参りました。
ええ。
変態であることがどうにか武器になってもらえないモノかと本気で願ってしまいましたね。
絶対なり得ませんが。
ファッキンの三階で素敵オーラ全開してきました。
出力された台詞「だからね?神田とアレンでカップリングする場合、アレン受けは順当過ぎてですね…」
バッファリング(最初は神田攻めのところから、何かを契機にアレン攻めに転じるっていうのが…)
二次バッファリング(リナリーには生えてもらわないと…)
「順当って何だよ!?ゲラゲラ」
「むう……w(蛇口ひねりすぎたな、しかし後悔はしていない)」
該当者二名様、ご覧でしたら、本日はお疲れ様でした。
まさかショタという一言からカミングアウト大会になるとは思っていませんでした。
魔界に通じる蓋を開けてしまったことに後悔なさってください。
あー。
明日の夜親来るんだよな…。
あれとかあれとか隠さないと…。
……。
おちおちblogの更新も出来ないかも知れない。
やはりmixiが続かない。
理由はわかっている。
コメントの存在だ。
見に行くとコメントをかかなきゃいけない。
まあ、安直に言えばその通りですが、実質的にはそうではありません。
私の記事とコメントは、どうにも返しにくいレスしにくい反応しにくいというのがあるようで
mixiに限らず概ね私でツリーが止まり、私の記事にはレスは付かない。
それはもう致し方ないのだと。
それを覚悟してこのblogを立ち上げたのはどこかの記事で書いたとおりなのだが
それにしてもこのmixiの継続不能性は何なのかと考えてみた。
それでとりあえず得られた暫定回答が、
この「反応しづらい言葉」だった。
で、ほかの人のレスとかを見ると
当然一言二言、ちょろっと。
短く。
いつも私は思うのは、
「そのレスに意味はあるのか?」
ということである。
まず
私は、その記事を読んだ感想を、一言二言で言い表せるほど、語彙が豊富ではない。
結局思ったことを相手に伝えるために、満足逝くまで説明をすると、
何行にもわたる長い記事やレスになり
結果として取っつきにくいモノができあがるというのだ。
じゃあ、と思い、一時的にmixiにおけるコメント一言二言縛りにしてみた。
が、それがいけなかったらしい。
少し話に距離を置くことにします。
mixiの功罪の一つに「強制的に足跡を残す」があると思います。
自称一つに対して功罪とはこれ如何に?
その機能は
blog(日記)同士とそのAuthorのリンクを強めた。
これはSNSの面白いところとして各所で取り上げられていることだから深くつっこむこともないだろう。
そして
その機能の裏腹に
反応をすることが義務となり、更にその形骸化を促したこともSNSの所業だと思う。
反応を残さないといけない環境だからこそ、その反応自体が義務化し実のないモノへと堕落してしまったと言うことだ。
形だけでもレスを残さなければいけないから形だけでも残す。
という状態。
web上では曾てからあった傾向だが、
ここSNSというシステムの中で、それが一瞬和らぎ、更にリバウンドしたのではないだろうか。
乾いたレス
形式的な反応
誰でも同じようなコメント
似たり寄ったりの発言
「ねえ!これってこうこうこうおもわない!?」
「ん?ああはいはいそうだね」
「いんじゃない?」
「私はこうだな(しかしそれ以上の追求・訴追はしない)」
話を元に戻しましょう。
mixiで一言二言縛りを自らに課したときに見えたのは
実のない言葉を眼暗で投げ合うだけの行為だった訳で。
こんな実のない反応なら、別にしなくても変わらないだろう。
そう思ったときに、mixiでわざわざ反応を残すのがばからしくなる。
だからmixiは続かない。
一部でmixiをやめる人がぼろぼろ出ているそうですね。
この強制足跡機能のために、ものすごい間隔でチェックしにいく人もいれば
逆にそれに疲弊してやめてしまう人も相当数いるようです。
これは一重に
今まで述べたような質の低いコミュニケーションに成り下がっている場面が
少なからず存在することを物語っているのではないだろうか。
合わないのに維持し続けることにぐだぐだいうのと
だからといって負け惜しみチックにやめてしまうのと
私はどちらをとっても癪に触る。
自分が見た記事に関しては極力コメントするようにしているのは昔からだが、
もう今度からは5行以上であっても躊躇無く送信ボタンを押してやる。
思ったこと全部書いてやる。
そうすることが、自分への復讐なのだ。
それによって取っつきにくさが出るとして
それはそもそもこのblogを立ち上げた時点で気付いていたはずだ。
それを忘れた私がおろかだっただけということ。
なげえ書き込みうぜえ
って方がいたら早急にそういってください。
こういうことはトラックバックでやることかも知れないが
トラックバックに成功したことが一度もない。
そもそも自分のところでやるとどういう感じになるのか、その期待値もわからない。
トラックバックの機能概要は知っているが、使い方がいまいちわかっていないのか、それとも何らかの不整合で実行されていないのか。
それすらもわからない。
ったくめんどくせーなー。
m餌

細かい部分は置いておいて、髪の毛にハイライトを残しすぎた。
もっと明暗の差が少ない
(暗部の深度は残して明部の飛ばしを減らす)
塗りの方がいい気もした。
髪の毛については前に戻してもイイかなあとも思っている。
というのも
顔のバランスを崩したのは積極的な意識があってのことだが
髪の線を減らしたのは作業の軽減という消極的意識があってのことだからだ。
それに、やってみると表現力が低い。
これにははたはた困った。
最初は慣れていないせいかと思ったが、細かい流れが書けず、繊細さに欠けるのは、いただけない。
正直、軽減される作業量によってはそれも致し方ないと思っていたが、さほどの軽減が無く、かつ、失う表現力が多大なために、本気で戻した方がいいかもしれないと思っている。
今戻したところで、少しにおいが残るというのも、ある意味では期待している。
ちなみに初めてsaiで下書きから全てやってみた。
ただしペン入れレイヤーは使用していない。
塗り方次第だと思うが、この塗り方だとペン入れは不要だろうし、もっと言うなれば、色レイヤーは線画の上に置いて線を起こし直すべきだったと思う。
まあ正直そこまで書き込むつもりもなく、ただぐっだぐだと描いただけなんですけど。
トリアージ。
うーん。
理性では(正しい判断の下でなら)当然行うべきことだと思うけれど
そこいらへんに
他の人を搬送する医者と、
黒タックが付いて放置されている人がいたら…
想像してみると
99匹の羊のためとはいえ
直感というか、本能というか、気持ちは、
えもいわれぬ居心地の悪さを覚えます。
いや、これは必要なことなんだ。
正しければね。













